経理部長が体調を崩して長期入院した。代わりに帳簿を開いた若手社員は、そこで十五年分の違和感に出会うことになった。
舞台となった企業
ふたば商会は建材卸売業を営む企業で、年商は八十億円。オーナー社長のもと、経理業務は経理部長一人にほぼすべて 任されていた。伝票の作成から通帳の管理、月次の締めまで、社長は「細かい経理のことは、私が全部見ていますから」 という経理部長の言葉を、そのまま信頼していた。
手口の仕組み
経理部長が行っていたのは、架空の外注先や仕入先への支払いを作り出し、その資金を自分の口座へ流すという手口だった。 出納・記帳・承認のすべてを一人で握っていたため、誰もその流れを確認する立場になかった。
隠蔽の仕組み
抜き取った分の穴は、そのまま放置すれば必ず発覚する。経理部長はその穴を、仮払金や未収入金といった、内容が 外から見えにくい科目に付け替えていた。これらの科目は説明を求められることが少なく、残高が少しずつ増えていっても 違和感を持たれにくい。十五年という長い年月をかけて、残高は着実に膨らんでいった。経理部長自身も、この間一度も 長期休暇を取らなかった。席を離れれば、この仕組みが露見してしまうことを、本人が一番よく知っていたからである。
綻びの発覚
きっかけは、経理部長の長期入院だった。代わりに帳簿を開いた若手社員が、仮払金と未収入金の残高が異常に大きく、 何年も清算されないままの古い項目が残っていることに気づいた。取引先に確認したところ「そんな取引はない」という 回答が返り、そこから一本の糸をたどるように、隠蔽の全体像が明らかになっていった。横領された総額は、これらの 物置科目に積み上げられていた残高とほぼ一致していた。
経営者・管理部門への3つの視点
- 出納・記帳・承認を同一人物に集中させない。牽制が機能しない構造こそが、不正の温床になる。
- 仮払金・未収入金など内容の見えにくい科目の残高と滞留を定期的に精査する。これらの科目は隠蔽の置き場として悪用されやすい。
- 長期間まったく休暇を取らない担当者に注意を払う。席を離れられない献身の裏に、離れれば露見する仕掛けが隠れていることがある。
おわりに
派手な粉飾とは違い、この横領は中身の見えない科目に少しずつ、しかし着実に穴を押し込む方式だった。一人任せと 無監督の状態が続けば、それは十五年でも続いてしまう。自社の「物置科目」に、いつから居座っているのか分からない 残高が眠っていないか、確認することが最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース29 「帳尻は、私が合わせておきます」」(2026.08.08)