財務担当役員が繰り返した言葉は、いつも同じだった。「この銘柄は、まだ戻る見込みがあります」。 市況の一段の悪化がその言い張りを崩すまで、評価損は帳簿の奥で膨らみ続けていた。
舞台となる企業
ヤマギシ商事は年商400億円の商社で、取引先との持ち合いや投資目的で多くの株式を保有していた。
減損先送りという手口
保有する銘柄の中には、時価が簿価の半分を割り込むものが複数あった。会計ルール上、時価が簿価から 著しく下落した場合は減損を認識しなければならないが、財務担当役員は「業績はいずれ回復する」 「一時的な市況の悪化にすぎない」という説明を毎期繰り返し、減損を先送りしていた。回復の見込み という判断が経営者の主観に委ねられていることを、逆手に取った形だった。
保有目的区分の操作
さらに、保有目的の区分を恣意的に変更することで、評価損が損益計算書を通らず、純資産に直接 押し込まれるようにする操作も行われていた。損失が利益を圧迫しないよう、区分の解釈を 都合よくねじ曲げていた。
綻びの発覚
市況の一段の悪化により、「一時的」という説明はもはや成立しなくなった。監査法人が過去数年に わたる各銘柄の時価推移と、会社が主張してきた「回復の根拠」を並べて検証したところ、その根拠は 具体性を欠く願望にすぎないと判断された。先送りされてきた評価損は、一度にまとめて計上される ことになった。
経営者・管理部門への3つの視点
- 「回復の見込み」の根拠が具体的かを問う。願望と予測は違う。
- 過去に掲げた回復シナリオが実際に達成されてきたかを検証する。外れ続けた見込みに、損失を先送りする力はない。
- 保有目的区分の変更が、評価損を損益計算書から外す目的で行われていないかを確かめる。区分は、損を隠すための道具ではない。
おわりに
含み損は、認めなければ消えるわけではない。ただ、貸借対照表の奥で、静かに大きくなっていく。 「回復の見込み」という言葉が何年続いているかを数えることが、最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース25 「まだ、戻る見込みがあります」」(2026.08.04)