ある年、小売チェーンの決算に二十億円の特別利益が計上された。本業は伸び悩んでいたのに、なぜこれだけの利益が突然生まれたのか。 調べていくと、その利益は「売った」という一行だけで生まれ、実態は何も変わっていなかった。
舞台となった企業
ホクエイ流通は全国に店舗を展開する小売チェーンで、年商は五百億円。長年かけて取得してきた本社ビルや店舗用地を数多く保有し、 それらは帳簿上、取得時のまま低い簿価で計上され続けていた。本業の成長が鈍化する中、経営陣は資産の中に眠る「余力」に目を向けた。
手口の仕組み
経営陣が選んだのは、セール・アンド・リースバックという手法だった。本社ビル(簿価二十億円)を、時価を大きく上回る四十億円で売却し、 売却先から同じビルを借り直して使い続ける。帳簿上は二十億円の売却益が生まれ、営業損益の弱さを一気に覆い隠した。
売却先は、名目上は第三者だったが、実質的にはホクエイ流通の支配下にある関係先で、購入資金の出どころをたどるとホクエイ流通自身に 遡った。契約書には表に出ない買い戻しの約束も含まれており、リースバック終了後にホクエイ流通が同じビルを買い戻す前提が最初から 組み込まれていた。売った後もリスクと経済的な便益はホクエイ流通側に残り続けていたのである。
綻びの発覚
監査法人が着目したのは、本業とかけ離れた規模の特別利益だった。売却先の実態、売買価格の妥当性、リースバック契約の内容を 一つずつ検証していくと、売却先が実質的な関係先であること、価格が時価から大きく乖離していること、そして隠れた買い戻し条項の 存在が次々と明らかになった。
最終的な判定は一点に集約された。「売却の実態がない」。二十億円の売却益は全額取り消され、この取引は実質的な借入に近い形で 再処理された。
経営者・管理部門への3つの視点
- セール・アンド・リースバックの相手先が実質的な関係先でないかを確認する。身内への売却で生まれる利益は、利益ではなく資産の移動に過ぎない。
- 売買価格の時価からの乖離と、隠れた買い戻しの約束の有無を検証する。リスクと便益が売却後も残っているなら、それは売却とは呼べない。
- 本業と無関係な多額の特別利益が出たときは、必ず実態を検証する。根拠のない利益は、いずれ取り消されることになる。
おわりに
セール・アンド・リースバックの悪用は、資産を右から左へ動かすだけで利益を作り出す、見かけだけの手法である。 ビルの中の光景は何も変わっていないのに、決算書の一行だけが変わっている——そんな取引が自社の帳簿に紛れていないか、 確認することが最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース26 「土地を売って、借りて使えばいい」」(2026.08.05)