入院で不在になった経理課長の代わりに、総務職員が支払業務を代行した。ネットバンキングの画面を開いた瞬間、 帳簿の残高と実際の残高が4000万円も食い違っていることに気づいた。
舞台となった企業
ツバキ金属工業は従業員60名、年商25億円の金属加工会社である。経理課長は入社以来20年にわたり、 送金の実行から帳簿の記帳までを一人で担当していた。真面目で休まない人柄は、社内では信頼の証として語られていた。
横領の手口
経理課長はネットバンキングを使い、会社の預金を自分名義の口座へ送金した。帳簿には「外注費300万円/普通預金300万円」 という、実在する外注先の名前を使った虚偽の記帳を行い、実体のない支払いを本物の外注費に紛れ込ませた。 頻度は月1〜2回程度に抑えられていた。
銀行残高証明書は、ネットバンキングの画面を加工して印刷したものだった。銀行から原本を取り寄せる者は、 経理課長本人のほかに誰もいなかった。
積み上がった横領額
横領は7年間続き、総額は1億8000万円に達した。初年度の横領額は2000万円だったが、5年目時点での累計は9000万円、 そこからさらに増え続け、発覚した当期分だけでも4000万円が上乗せされていた。
経営者・管理部門への3つの視点
- 送金の実行と帳簿の記帳を、同じ人間に持たせない。一人が入口から出口までを担う体制は、検証の機会を失わせる。
- 銀行残高は原本で確かめる。本人以外の手を経由しない確認経路を、必ず一つ以上用意する。
- 連続休暇を義務にする。誰にも代われない担当者がいる状態そのものが、リスクの兆候である。
おわりに
社長は後に、こう振り返った。「私は二十年、人を信じていたつもりで、確かめることを怠っていただけだった。」 横領額のうち回収できたのは3000万円に届かなかった。信頼と検証は対立するものではなく、両立させるべき仕組みである。
初出: note「不正会計ケース13 二十年、休まなかった経理課長」(2026.07.23)