帳簿の総額は、いつ確認してもきちんと合っていた。合わなかったのは、一件一件の入金相手と日付だけだった。
手口の仕組み
明和商事は飲食店向けに食材を卸す卸売業者で、年商は百二十億円。多くの得意先から現金や小切手で代金を回収する、 集金を伴うビジネスモデルを取っていた。
ある集金担当者は、得意先A社から回収した代金を横領した。そのままではA社の売掛金が消えないため、次にB社から 入ってきた入金をA社の入金として処理し、A社の帳簿上の穴を埋めた。今度はB社の売掛金に穴が空くため、その次は C社の入金でB社を埋める。この「入金の付け替え」を連鎖的に続けていく手口は、会計不正の世界で「ラッピング」と 呼ばれる。
帳簿全体の残高を見れば、総額はきちんと一致している。ずれているのは、個別の入金がどの得意先の、いつの請求に 対応しているかという一件ごとの対応関係だけだった。担当者は「全部、頭の中に入っています。どの入金でどこを 埋めたか、私しか分かりません」と述べ、回収と消し込みのすべてを一人で握っていた。
発覚の経緯
綻びが生じたのは、担当者が突然退職を申し出たときだった。後任者が入金の消し込み作業を始めると、帳簿上の 入金日と、実際に通帳へ入金があった日がずれていることに気づいた。一件を丁寧に解きほぐすと、芋づる式に次々と 穴が連鎖していることが明らかになった。
経営者・管理部門への3つの視点
- 代金回収と売掛金の消し込みを、同一の担当者一人に握らせない。両方を一人が担うと、穴を作りながら埋め続けることができてしまう。
- 総額残高だけでなく、得意先ごとの入金日と請求内容の対応を一件単位で確認する。総額が合っていても、個別の対応がずれていることがある。
- 特定の担当者の入金処理が常に遅れる、あるいは休暇を取らない兆候を監視する。穴を埋め続けるためには、担当者が席を離れられなくなる。
おわりに
ラッピングは、総額さえ合っていれば静かに見過ごされてしまう横領の手口である。しかし埋めるべき穴は転がるように 拡大し続け、担当者が席を離れた瞬間に発覚する。総額の一致だけでなく、一件ごとの対応関係を確認することが、 最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース30 「入金は、必ず後から埋めます」」(2026.08.09)