為替が大きく動いた期、同業他社は軒並み為替差損を計上した。ところが1社だけ、ほとんど損失を計上していない 会社があった。この不自然な一致が、監査法人の目に留まった。
舞台となる企業
株式会社セイユウ通商は年商380億円の商社で、アジアと欧州に複数の販売子会社を持ち、外貨建ての売掛金・ 借入金を総額90億円規模で抱えていた。為替レートの変動は毎期の損益に大きな影響を与えるため、経理部長は 決算のたびに外貨建て残高の換算作業を一手に担っていた。
「レートの曖昧さ」に紛れた操作
本来、決算日における外貨建て資産・負債は、決算日レートで換算し直す必要がある。しかし経理部長は、 換算によって損失が出るポジションについては取引発生時の有利なレートを使い続け、逆に換算で利益が出る ポジションには決算日レートを適用するという使い分けを行っていた。海外子会社からの業績報告についても、 期中平均レートと期末レートのどちらを使うかを、結果が良く見える方に応じてその都度選んでいた。
経理部長は社内でこの処理について「レートは毎日動く。どれを使ったかなんて、外から分かるものじゃない」と 説明していたという。日々変動する為替レートの曖昧さに紛れ込ませることで、本来計上すべき数億円規模の 為替差損は、実際には数千万円程度にまで圧縮されていた。
綻びの発覚
為替が大きく変動したある期、同業他社は軒並み相応の為替差損を計上した。ところがセイユウ通商だけが、 ほとんど為替差損を計上していないことに監査法人が気づいた。
外貨建て残高を一件ずつ検証したところ、同じ通貨・同じ時期の残高であっても、ポジションによって使用している レートの基準がまったく異なることが判明した。損失が出る側だけ古いレートが使われ続けているという不整合が、 操作の証拠となった。
経営者・管理部門への3つの視点
- 外貨建て債権債務が決算日レートで統一的に換算されているか確認する。ポジションによってレートの基準が変わっていないかを見る。
- 同業他社の為替差損益と比較する。同じ為替変動を受けているはずなのに、自社だけ影響が小さい場合は要注意である。
- 換算方針を文書化し、期をまたいで変えない体制を作る。「どのレートを使うか」を担当者の裁量に委ねてはならない。
おわりに
為替レートは日々動くからこそ、恣意的な選択が紛れ込みやすい。同業他社の為替差損益との比較や、 換算方針の文書化といった地道な検証が、こうした操作を見抜く最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース34 「使うレートは、こちらで決めます」」(2026.08.13)