若手の監査担当者が、返送された残高確認状の宛名の書体にわずかな違和感を覚えた。上司に相談し、銀行に 直接電話をかけたその日、12億円の残高証明書が偽造であることが明らかになった。
舞台となる企業
株式会社トウブ機材は年商160億円の建設資材販売会社で、数年前から資金繰りが悪化していた。運転資金は 逼迫し、預金は目に見えて枯渇しつつあったが、決算上は一定の預金残高が確保されているように報告されていた。 この帳簿と実態の差を埋めていたのが、財務部長だった。
確認プロセスの独占という手口
監査における残高確認は、監査法人が銀行に直接確認状を送付し、銀行から直接回答を受け取ることで 実在性を裏付ける手続きである。しかし財務部長は「銀行への確認は、私が窓口になります」と申し出て、 確認状の発送、回収、返送先の住所設定までをすべて一人で管理していた。
返送先には私書箱を用意し、銀行からの回答を装った書類を自ら作成した。銀行の書式を模し、社判まで 偽造したその残高証明書には、実際には存在しない12億円の預金残高が記載されていた。監査法人はこの 偽造書類をもとに、預金の実在性を確認済みと判断していた。
綻びの発覚
発覚したのは、確認プロセスとは無関係な、ごく小さな違和感からだった。若手の監査担当者が、返送された 確認状の宛名の書体が、他の確認先からの回答とわずかに異なることに気づいた。
気になったこの担当者が上司に相談し、銀行に直接電話をかけて確認したところ、「当行では、そのような 書面を発行していない」との回答が返ってきた。私書箱を経由した偽造の全容は、ここから一気に明らかになった。
経営者・管理部門への3つの視点
- 確認状の発送・回収は会社を介さない経路で行う。担当者が窓口を一人で担うと申し出た時点で、確認手続きの独立性が失われる。
- 返送先住所が銀行の公表情報と一致しているか確認する。私書箱や不自然な住所は、確認プロセスの独占を疑うきっかけになる。
- 重要な残高は書面だけでなく電子的な照会でも裏を取る。書式を模した偽造は、複数の経路で確認することで防げる。
おわりに
資金繰りが逼迫した会社ほど、確認プロセスそのものを一人の担当者が握ろうとする誘因が強くなる。 宛名の書体のようなささいな違和感を見過ごさず、確認の経路そのものが会社の外部で完結しているかを 確かめることが、最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース36 「銀行への確認は、私が窓口になります」」(2026.08.15)