決算書に記載された為替の評価損は、いつも「ヘッジ範囲内」に収まっていた。しかし銀行からの残高確認状には、 決算書に載っていない契約が11本も記載されていた。
舞台となった企業
ナナカマド商事は食品原料の輸入を主業とする年商150億円の商社である。仕入の大半がドル建てであるため、 為替変動リスクの管理が経営上の重要課題だった。この管理を一人で担っていたのが財務部長である。
損失回収という名目のエスカレーション
最初のきっかけは、為替ヘッジ契約に生じた評価損だった。財務部長は損失を回復させるという名目で、 実際の輸入需要を超える通貨オプション取引を始めた。為替予約は次第に、実需を離れた投機的な賭けへと変質していった。
損失を先送りする仕組み
期末が近づくと、損失が出ている契約を解約し、より不利な条件の新しい契約に乗り換えることで、確定した損失を 翌期へ繰り延べた。さらに財務部長は銀行からの時価報告書を自分経由で受け取るよう変更し、経理部には 「都合の悪い契約を抜いた一覧」だけを提供していた。
積み上がった含み損
発覚時点で隠されていた含み損は14億円に達していたが、決算書に記載されていたのはわずか2億円だった。 最終的な損失総額はこの会社の経常利益3年分に相当し、最終年度の取引量は実需のおよそ4倍にまで膨らんでいた。
経営者・管理部門への3つの視点
- 金融機関からの時価報告は、取引担当者を経由せず経理部に直接届く経路にする。報告経路の独占は、情報操作の温床になる。
- デリバティブ取引を「実需範囲」「限度額」「目的」で取締役会決議し、超過時は自動的に報告される仕組みにする。「部長に任せている」という放任は、統制の放棄である。
- 専門分野の独占を避け、年に一度は外部専門家によるポジション棚卸しを行う。社内に検証できる人間が一人もいない状態を放置しない。
おわりに
崩壊は、監査法人の若手スタッフが銀行残高確認状と会社資料を突き合わせたところから始まった。任せきりが 最も危ない。金融の専門知識が社内で一人に集中している状態こそ、まず疑うべき兆候である。
初出: note「不正会計ケース15 財務部長だけが知っていた時価」(2026.07.25)