監査法人が並べたのは、過去5年分の事業計画とその達成率だった。数字は、「来期こそ黒字になる」という説明が、 毎年同じ形で繰り返されてきたことを、静かに映し出していた。
舞台となる企業
北陸マテリアルは、創業60年を数える素材加工メーカーである。従業員は約180名、年商は95億円。 主要顧客の内製化が進んだ影響で、直近5期は連続して最終損益が赤字だった。それでも同社の貸借対照表には、 約4億円の繰延税金資産が資産として計上され続けていた。
繰延税金資産という仕組み
会計上の利益と税務上の所得は算定ルールが異なる。大きな税務上の欠損金を出した年は、 「将来の黒字と相殺して税金を減らせる権利」が生まれ、これを繰延税金資産として計上できる。 ただしこの権利には、将来本当に黒字が出るという「回収可能性」の見積りが前提として求められる。 北陸マテリアルは、5期連続で赤字を出しながらも、「数年後には新規事業が軌道に乗り、市況も回復して黒字化する」 という事業計画を根拠に、この資産を落とさずに維持していた。
強気の計画に頼った理由
財務部長は、社内でこう説明していたという。「計画を強気にしておけば、資産は落とさずに済む。 落とせば、一気に債務超過が見えてくる」。繰延税金資産を取り崩せば損失が一括で損益に流れ込み、 純資産が大きく削られる。その現実を先送りするために、根拠の乏しい「新規事業が軌道に乗る」 「市況が回復する」という期待だけが、毎年書き直されていた。
綻びの発覚
崩壊は、監査法人が過去5年分の事業計画とその達成率を並べたことから始まった。黒字転換を約束した計画は、 ことごとく外れていた。「繰り返し計画を外してきた会社の『来期は黒字』という言葉に、 資産を裏づけるだけの重みはない」と監査法人は判断し、繰延税金資産の大半は回収不能として取り崩された。 隠れていた損失がまとめて損益に流れ込み、純資産は大きく削られ、債務超過が露呈した。
経営者・管理部門への3つの視点
- 繰延税金資産の回収可能性を、過去の実績で裏づける。赤字が続く会社が語る「来期は黒字」は、予測ではなく願望であることが多い。
- 事業計画の達成率を翌期に必ず検証する。外し続けてきた計画に、資産の存在を支えるだけの重みはない。
- 実体の見えにくい資産ほど厳しい目を向ける。繰延税金資産やのれんは、実体がないぶん水増しが発覚しにくく、膨らみやすい。
おわりに
未来はいくらでも語れるが、過去の計画達成率は嘘をつかない。「来期は黒字になる」という説明が 何年続いているかを数え、それが実際に当たった年がどれだけあったかを確認することが、最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース19 「その黒字は、いつ来るんですか」」(2026.07.29)