期末監査の三日目、無形固定資産のソフトウェアが三年間増え続け、償却がゼロのまま、 完成予定日が毎年「来期」のままであることに監査法人の会計士が気づいた。
舞台となった企業
舞台は、中堅企業向け業務パッケージソフトを開発・販売する会社(社員150名、年商40億円)。 3年前に上場し、AIを組み込んだ次世代パッケージを成長ストーリーの柱に掲げていたが、開発は難航し、 上場2年目には営業利益が赤字目前まで沈んでいた。
費用の資産化という手口
研究開発費は通常その期の費用として処理されるが、市場で販売するソフトウェアには例外があり、 「製品マスター」完成後の改良・機能追加の制作費は資産として計上できる。管理担当役員はこの解釈を利用し、 実際には研究段階にあった新製品を「既存製品の大型バージョンアップ」と整理した。
毎月の工数管理システムの締めのあと、エンジニアの工数は既存主力製品の「バージョンアップ開発」のプロジェクトコードへ静かに付け替えられ、 人件費・外注費がソフトウェア仮勘定への振替仕訳に置き換わっていった。資産化した額は初年度2億円、翌年3億円、3年目は4億円と増加し、 ソフトウェア仮勘定の残高は総資産の4分の1に達する9億円まで積み上がった。完成しない限り償却は始まらないため、 完成予定日は毎期「来期」へ書き換えられた。
綻びの発覚
綻びは、複数の方向から同時にやってきた。
- 現場:往査の際、エンジニアが「あのモジュールはもう一年近く誰も触っていない」と漏らした。
- 数字:仮勘定の滞留分析で、資産は3年間償却ゼロのまま積み上がる一方、バージョンアップされたはずの既存製品の売上は横ばいだった。
- ログ:工数管理システムの修正履歴に、月次締め後に管理部門のIDで一括修正された記録が残っていた。
最終的に9億円の一括減損と過年度決算の訂正が実施され、3年かけて積んだ黒字は一枚の開示で消えた。
経営者・管理部門への3つの視点
- ソフトウェア仮勘定の「滞留」を毎期見る。完成予定日が延び続け、償却が始まらない資産は費用の隠し場所になっていないか疑う。
- 資産計上の根拠を元データで裏取りする。工数の付け替え履歴、開発ロードマップとの突合、販売計画の達成状況を確認し、「完成」の定義を文書で定める。
- 利益とフリー・キャッシュ・フローの乖離を見る。費用の資産化は利益をつくれるが、現金まではつくれない。
おわりに
資産化された費用は消えたのではなく、決算書の別のページで静かに膨らみながら待っているだけである。 貸借対照表に、何年も完成しないソフトウェアが眠っていないか、固定資産台帳を確認することが最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース5 完成しないソフトウェア」(2026.07.15)