加工されないままの鋼材が、下請けから送り返されてきた。帳簿の売上と現物が食い違うその瞬間まで、 この会社の利益率の高さは誰にも疑われていなかった。
手口の仕組み
タカラ精工は自動車駆動部品を製造する年商200億円の中堅メーカーで、同業他社と比べて利益率が異常に高い状態が 続いていた。使われていたのは「有償支給」という正当な取引形態の悪用である。
原価100円の部品を下請けに150円で支給し、差額の50円を期末に売上・利益として計上する。しかしこの部品を 買い戻す際には同額の50円を上乗せして購入するため、実質的には利益は存在しない。トリックはタイミングにあった。 利益が立つ「行き」は期末に計上し、相殺される「帰り」は翌期に繰り越す。期末の数字を美化するためには、 翌期にさらに大量の部品を下請けに押し込む必要が生じ、取引規模は年々膨らんでいった。
綻びの発覚
下請け企業の資金繰りが悪化し、「もう受けられません」と発注を断られたことで、加工されない鋼材が返送されてきた。 帳簿上の売上と現物の食い違いに加え、新任の経理役員が売掛金の異常な長期化に気づき、調査が始まった。契約書とは別に 「買い戻し条件を記した覚書」が存在し、通常価格表とは別に「期末用の上乗せ価格表」が社内に共存していたことも判明した。
経営者・管理部門への3つの視点
- 有償支給の価格が原価に対して合理的かを確認する。「少しだけ足しておいて」という指示が積み重なれば、それは値付けではなく利益の創作になる。
- 買い戻し条件が契約書と別の覚書に隠れていないかを確認する。正式な契約書だけを見ていては、条件の全体像を見誤る。
- 期末月の支給高の跳ね上がりと売掛金回転期間の相関を確認する。本物の取引に見えるからこそ、監査でも見過ごされやすい。
おわりに
有償支給は実在する取引であり、モノも金も実際に動く。だからこそ、期末だけ膨らむ支給高という数字のパターンに 気づけるかどうかが分かれ道になる。
初出: note「不正会計ケース16 「原価に、少しだけ足しておいて」」(2026.07.26)