経理課長が提出した資金繰り表は、増収なのに現金が減っているという奇妙な事実を映し出していた。 利益が出ているはずなのに、なぜ手元資金が増えないのか。この違和感が、後の調査の出発点となった。
舞台となった企業
ミナセ工業は地方都市の産業機器・ITシステム商社で、従業員は約300名、年商は200億円。 上場企業として「5年で売上300億円」という成長計画を掲げていたが、官公庁向け案件の縮小により、 計画2年目で目標との乖離が生じていた。板挟みになったのは、営業本部長だった。
循環取引の仕組み
営業本部長が手を染めたのは「循環取引」と呼ばれる手口である。複数の企業が互いに商品を売買したことにして、 実体のない売上を計上する仕組みだ。ミナセ工業、共栄テック、双葉商販の3社が、サーバー機器の売買契約を回し続けた。 各社が3%ずつ利益を乗せるため、一周するたびに取引額は膨らんでいく。
帳簿上は売上と利益が計上されるが、実際には商品は一度も動いていない。「客先直送」という名目で倉庫を経由させず、 検収書のサインだけが3社を巡回していた。資金の流れの源泉はミナセ工業が支払う現金であり、 一周するごとに3%の上乗せ分だけが外部に流出していく。3年目には、この架空取引が年商の約20%まで膨張していた。
綻びの発覚
綻びは、複数の方向から同時に姿を現した。
- 倉庫の主任が、共栄テック向けの商品が倉庫を一度も通っていないことに気づいた。
- 経理課長が売掛金の年齢調べを行う中で、共栄テックからの入金日と双葉商販への支払日が毎回同じ日で、金額もほぼ一致することを発見した。
- 監査法人が実施した売掛金残高確認状で、帳簿と先方の回答に食い違いが生じ、契約書を調べると3社の契約書は書式や誤字まで同じだった。
そして何より、増収が続いた3年間、営業キャッシュ・フローは一度もプラスにならなかった。
内部統制の穴
取引先の与信審査と商流の妥当性チェックは、営業本部長一人の決裁で通っていた。直送取引に対して物流会社の配送記録のような 第三者証憑を求めるルールがなく、「身内で作れる」検収書だけで売上が計上されていた。同じ責任者が10年以上この商流を担当し、 ローテーションは一度も行われなかった。
経営者・管理部門への3つの視点
- 売上と営業キャッシュ・フローの乖離を毎期確認する。利益が出続けているのに現金が増えない会社には、必ず理由がある。
- 急成長している特定取引先、とりわけ直送取引は社外証憑で実在性を確認する。配送記録や先方の検収体制など、身内で作れない証憑を求める。
- 一人の人間に商流の入口と出口を長く握らせない。職務分掌とローテーションは、疑うためではなく、守るための仕組みである。
おわりに
循環取引は、始めた本人にも止められなくなる。上乗せされた利益分だけ取引規模は膨張し続け、 どこか一社の資金繰りが切れた瞬間に連鎖的に崩れる。自社の帳簿の中で、倉庫を通らない商品が回り続けていないか。 キャッシュ・フロー計算書を定期的に確認することが、最初の一歩になる。
初出: note「不正会計ケース1 循環取引」(2026.07.11)